前回は、岡崎で「どうする家康」にまつわるところを見学しました。家康公に関する興味が湧いてきましたので、今回は、長篠・設楽原の合戦で有名な新城市を訪ねてみました。
公共交通機関を使用する場合は、飯田線を使う事になりますが、列車の頻度等も問題もあり、今回は、自家用車を利用しました。先ずは、長篠城址に行きました。現地到着は、11時頃でした。


「長篠城址史跡保存館」に入場する前に、長篠城と長篠・設楽原の戦いの勉強です。
この後、「史跡保存館と設楽原歴史資料館」の共通入場券(440円)を購入し、史跡保存館を見学しました。見学後は、城跡の散策です。




城址の奥には、飯田線が走っています。


武田軍との戦いで、長篠城を救ったと言われている「鳥居強右衛門」はりつけに関する歴史を学んだり、長篠城本丸跡を見学したりで、約一時間。
共通券を購入したもう一つの「設楽原歴史資料館」は、車で7,8分の位置にあります。
その途中に「道の駅 もっくる新城」がありました。ちょうど、お昼になりましたので、ここで昼食を頂きました。


私は、知らなかったのですが、新城市は鶏が有名らしいのと、家康公が鶏の鳴き声で助けられた故事に由来する「どうする家康三石鶏セット」を頂きました。さすが三河地方、「鶏汁」も赤みそ仕立てでした。
お腹も満たされたところで、「設楽原歴史資料館」に向かいます。

ここの展示物は、一部の資料等を除いて、フラッシュを使わなければ写真撮影可能、個人ブログ等商業目的でない場合は、資料館を明記する事で、掲載可能との事でしたので、一部掲載させて頂きます。

館内は、こんな構成になっており、右下の「企画展示コーナー」では、「家康の決断」と言う企画でした。

「家康の決断」に関する10のクイズがあり、それに関連する展示がなされていました。回答をまとめた資料が、近くに置かれていましたので、頂いて来ました。ドラマとの関連もあり、中々面白い企画でした。

開国の星 ”岩瀬忠震”の展示も興味深かった

長篠・設楽原決戦場絵図
この他には、長篠・設楽原の戦いで、有名な火縄銃等の銃器の展示が充実していました。
資料館の後は、周りの散策です。


戦いの後、家康が武田軍の死者を埋葬したと言われている「信玄塚」です。


設楽原の戦い決戦の地も資料館の近くです。


実際の場所に来てみると、武田騎馬隊に対して徳川、織田連合軍が、鉄砲での合戦を挑んだ様子が理解できました。
家康公の足跡に関して、益々興味が出て来ました。
次回に続く…。
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